<入口へ>
エッセイ&ESSAY
<題>
スヌープその1
スヌープその2
「ゆらぎ」は神の心?
ミニうさぎの「よん太」
小泉さん
13デイズ(サーティーンデイズ)
トロイの木馬
友泉亭
カワセミの心
スヌープその1
昨春に自分でアパートを借り、自立した長男が、一ヶ月だけあずかってくれと、いきなり黒い子犬を連れてきた。その名をスヌープといい、生後10ヶ月のミニチュアダックスフンド。
へんな名前だけど、見た目がかわい〜いので、安請け合いでOKしたのが後の祭り。
ところかまわずウンチはするわ、オシッコはするわ、ご丁寧に夜鳴きの付録までついてきた。
まずスヌープに餌をあたえ、さあ、人間様の食事という時に限って必ずウンチをなさる。
ドタバタと一日が終わり、布団のなかでやっと熟睡モードに入ったところで、かまって、かまってと夜鳴きが始まる。
ちょっとまてよ?これってまるで長男くんが生れた時そのままの再現ではないかや?
日本国憲法にはのってないかもしれないが、日本の親の基本的義務・・・「子育て」からやっと開放され、陶芸に専念しようと思った矢先のことである。
安請け合いした期限まであと3週間。うんちまみれを追っかけまわして、怒りまくって・・・・、今は面倒この上ないけど、3週間後にはきっとつらいお別れをしていることでしょう。
スヌープその2 <TOP>

「スヌープ、さあ帰るぞ!」と、つい先日スヌープの買主が彼女?を連れてやって来た。
「スヌープ、おいで」と、 ほねっこを差し出す彼女に飛びついて抱かれたまま、ワンちゃんは、振り返りもせず、後引きもせず、おせワンになりました、の一言もなしに我が家を去った。
玄関のドン!と閉まる音のあとに、残るなんともいえない静けさ・・・・・・・。
遠吠えか、悲しい声で、クウ〜ン、の一声でも上げてくれたら、絵に描いたお別れができたハズなんですが・・・・・

とりあえず出すはずだった涙をもとのサヤに納めて、ま・いいかっ!お茶でも飲むか!という感じで、スヌープ騒動はジ・エンド。

 

<TOP>
「ゆらぎ」は神のこころ
物質の最小単位であろうといわれる素粒子は、なんと、その存在自体が非常にあいまい(本当に存在しているかどうかも不確定)で、なお、人がその存在を 観察するという行為あって・・・、はじめてその特性を表すそうです。・・・・?????

しかし、その特性自体も、見た瞬間に、「観察」という行為によって、本来のものと変わっている可能性があり、あまりにも不確定な要素が多いため、 量子物理学の世界ではこういう状態を「ゆらぎ」と表現するそうです・・?

むずかしいことは分からないのだけれども、私はこの話を聞いた瞬間、ああ陶芸の世界の窯変に似てると思いました。
これって簡単に解釈すると、素焼きの作品に 釉薬をかけて窯にいれたあとは、中でなにが起こっているかは神のみぞ知る・・・・・?で、途中で絶対中を覗いてはいけない・・・・。様子を覗いた瞬間 に本来あるべき性質が変わってしまう・・・・ということなんでしょう?
つまり、「一旦作品を窯の中にいれたら、じたばたしないで、仕上げは神様にゆだねなさい。」ということで・・・・・・この解釈が正しいとしたら、量子物理学の世界で使われる「ゆらぎ」という言葉は、アバウトな私にピッタリなんです。
それにしても、窯の中の神様はなんとイタズラ好きなんでしょう。

 

ミニうさぎの「よん太」くん <TOP>
ある事件があって心を痛めている私のためを思ってか、次男がミニウサギを買ってきました。とてもちっちゃいのにちゃんと長い耳と、いかにもバニーちゃんらしいポッチャリした尻尾をつけており、まぎれもない「ミニチュアうさぎ」である。
オスだとわかり、家を離れている長男の幼少のときの仇名を拝借して「よん太」と命名。・・・・・・
それから数ヶ月、なんと、ミニウサギのはずのよん太が見る見る育って今にもケージからはみだしそう。
とってもよく聞こえそうな大きな耳をしているくせに、名前を呼んでも知らん顔のマイペース。
餌さを与えるときだだけは、ゴロニャン、ゴロニャンとそばにまとわりつくので、それなりにかわいいんですが、あまりにスクスクと大きくなるので、ペットショップに確かめにいきました。
・・・・この子は本当にミニウサギ?・・・・・・・店員は「ミニウサギ」に間違いありませんという。その後、次男がミニウサギを飼った経験のある人から得た情報によると、「ミニウサギは思っているよりもズット大きくなるよ。」という。・・・・・・ギョエーッ!ということは、いわゆる標準ウサギはカンガルーくらいの大きさがあるということか・・・・?それともミニという言葉をわたしたちが勝手に過大?過小?評価しただけであって、業界では標準よりちょっとちいさければ頭にミニとつけるのが普通なのか?
小泉さん <TOP>
小泉さん(首相のこと)はカッコイイ!
見た目もさることながら、なにがカッコイイかというと、自分の言葉でしゃべっているからです。
政治家のなかで、歯切れのいい女性は結構見受けられるようになったのですが、こと男性に関しては、守るべきものがたくさんありすぎるのか、言葉をわすれたカナリアみたいな人ばかり・・・・
ちゃんとモノが言えるのは民主党の菅さんだけかと思っていました。

 小泉さんのやろうとする改革の中身が見えないという人がたくさんいますが、そのことはともかく、ここまで「俺はヤル!」と言い切った首相は、このところコロコロ変わる首相の群の中で、かっていなかったんではないでしょうか?

 リトマス試験紙的な分類は、人間にはできないんでしょうが、「善い人」を「青」「悪い人」を「赤」に分類するなら、私のリトマス紙では、小泉さんは「青」と反応します。
外務省はまとめて「赤」です。ここの人たちは、自分らの守るべきものを完全にとりちがえているようです。彼らが守るべきは「国民」ではないの?
眞紀子さんだけでは手におえないようなら、ここは高嶋兄弟に出動願って省内にキンチョールでも噴霧してもらったほうがいいと思う。
彼らは、税金という蜜にたかるアリ同然だから・・・・・それもいっぱいいそう。

13デイズ <TOP>
この映画は大きなスクリーンで見たかったのですが、上映中つい見逃し、先日待ちに待ったビデオリリースされたものを見ることが出来ました。
小泉さんもカッコイイけど、やはりジョン・F・ケネディにはかなわないみたい、というのはまだ早すぎるか・・・・・。

アメリカの大統領は、人の意見を分け隔てなく真摯に聞くんだけど、参考にするだけで、最終的には、ちゃんと自分自身で、自分自身の信念と責任のもとに決断するんですね。

この映画の中で「ビックス湾の失敗」という言葉がキーワードみたいにして出てくるのですが、不勉強な私は「ビックス湾事件」がなんのことか知らず、この映画の面白さを反芻するためには、この「ビックス湾」のことを調べてみる必要がありそうです。なんだかコレが全てにつながりそう・・・・・・。

、この映画で一番印象にのこったシーンはケビン・コスナー扮する大統領特別補佐官が弟君のロバート・ケネディに車の中で語りかけるところです。
    「結果はどうあれ・・・君になら家族の命を預けられる」
交渉がうまく運ばなければ、第三次世界大戦の火蓋がきって落とされる・・・という重大な任務をおびたロバート・ケネディは「自分にはこの任務は重すぎる」と補佐官に露吐する訳ですが、このときケビン君がいうセリフが上記。

さて、私は同じセリフを小泉さんに言っていいものか、ここのところちょっと悩んでいます。

 

トロイの木馬 <TOP>
ダンナ様の館にトロイの木馬がやってきた。といってもギリシャ神話に出てくる、アノ木馬ではない。
パソコン通なら周知のことらしい、コンピューターウイルスである。

また、粋(いき)な名前をつけたもんだ・・・なんて言っていられないそうである。コンピューターウイルスにはいろんな種類があって、名前を聞いているだけでも面白い。

ウイルスたちもどんどん進化しているそうで、Code RedU これが、最新のものだという。映画の好きな私は、こんな名前を聞くと、トム・クルーズが出てた「A Few Good Men」という映画を思い出す。

この映画で「Code Red]は、アメリカ海軍でへぬるい新兵さんたちを懲らしめる内部規範みたいなものだったが、このウイルスの作者はひょっとすると、私みたいなへぬるいパソコンユーザーを懲らしめるために、このウイルスを世に送り出したのカモ?

ダンナ様の場合は、コンピューターの周りに仕掛けておいたファイアーウオールという(火の壁)を抜けようとしたときに、木馬さんがひっかかったということで事なきをえたが、致命的な症状がでるまで、まったく気づかない人もたくさんいるそう。

Code Redを含めたワームというウイルスは、お帰りのときに、訪れたコンピューターの内部に、木馬さんを置いて帰るそうで、なんと驚くことに、この木馬さんから出てきた兵隊の何人かが、ポートと呼ばれるPCの入り口に張り付いて、この送り主が再び訪れたとき、内側からドアを開いて入れてやるんだという。そして他の兵隊たちは、いろんなところで暴れまわる。

話だけ聞いていると、なんだかとても面白い。

それやこれやで、私のノートPCにも用心のため「火の壁」とやらを張り巡らしてくれました。
ファイアーウオールなんて、またロマンチックな名前をつけたもんで・・・・なんて言ってられないらしい。

ダンナ曰く、ウイルスを作る奴らは頭だけはとても優秀だから、トロイの木馬はそのうち、「ペガサス」となってファイアーウオールをなんなく飛び越えてくるだろう。

また、なんとロマンチックな・・・・・・・????

友泉亭(ゆうせんてい) <TOP>
大阪から福岡に戻り、陶芸工房を創った。工房の前には、樋井川という中途半端な川が流れており、川を隔てた斜め向かいには、黒田藩別邸の茶室である「友泉亭公園」がある。
ずっと以前、福岡に住んでいた頃は、見向きも、いや、その存在さえも知らなかった「友泉亭」をご近所のよしみ?で覘いてビックリ・・・。
なんと、京都のちょと名のあるお寺を彷彿させるような立派な庭園である。
場所柄なのか、知名度の関係なのか、平日とはいえ殆んど人気がない。
なんだか友泉亭を独り占めした気分で300円のお抹茶をすすると、座敷より見下ろす池に、なんと緩やかな時間の流れることか・・・・
うん、ここは人に教えないことにしよう。
カワセミのこころ <TOP>
工房の側を流れる樋井川にはいろんな生物が住んでいる、鯉や亀さん、春先の天気のいい日は、跳ね上がる小魚たちのキラメキで川面がうねっているかのように見える。
鳥たちときたら、観察図鑑を作りたくなるほど、たくさんの種族が・・・・・・。
さて、この鳥たちの中で、私の一番のお気に入りが「カワセミ」。
神様はなんと綺麗な色をこの小鳥に着けてあげたのかと思うくらいに、素敵なルリ色をしています。おなかの部分はなんとオレンジ。
このルリとオレンジの絶妙なコントラストが、他の鳥らちと一線を画してその存在感を際立たせています。
機嫌のいい日は、いろん芸当をやって見せてくれます。
空中ホバリングをしたり、水中にダイビングして小魚をキャッチしてみせてくれたり・・・・。そういう姿を何回か見ているうちに、なんとなくカワセミの方が私の存在を察知しているような気がしてきました。
そう、向こうから合図してくるんです。今日はここにいるよ〜って。
たまに工房にくるバードウオチャーの波多江さん、彼は結構いろんな鳥の撮影に成功しているんですが、カワセミのシャッターチャンスにはなかなかめぐり合えないといいます。
ところが、どっこい、私はほぼ毎日といっていいぐらいカワセミに会います。
なにかのきっかけで私とカワセミの波長がピッタリあったとしか思えません。気のせいでしょうか、窯を焼成した朝、カワセミに出くわすと、決まって作品の出来上がりがいいんです。